再グローバル化:国を超えた相互依存と相互接続を強化するプロセス
世界経済は、完全なグローバル化でも、完全なナショナル化でもない。また、グローバル化が静的であるわけでもない。世界経済は常に、グローバル化の拡大とナショナル化の拡大を行き来する動的な過程にある。例えば、コロナウイルス感染症 (COVID-19) のパンデミックによって、製薬業界は、中国への製造依存による物流および政治的なリスクを注意深く観察するようになっている。
企業は、「再グローバル化」の観点から考えるべきであり、観点の動的変化は永続的に繰り返される、と認識すべきである。
再グローバル化では、企業が、企業組織構造やガバナンスにおいて対処すべき変更を動的に特定できる必要がある。企業組織構造とガバナンスは、国家の公共政策への対応によって形成されることを理解しなければならない。
再グローバル化により、CIOには2つの責任が生じる。
これはCIOにとって、企業の再グローバル化に、明らかに異なる価値をもたらす新たな機会である。経営幹部は、企業組織構造、オペレーティング・モデル、市場化モデルに関して意思決定を下すことが必要となる。CIOは、経営幹部の一員として意思決定に参画しなければならないため、効果的に貢献できるようにする。業務執行責任者に対し、再グローバル化に向けた柔軟な企業戦略の策定を積極的に促す。そして、IT部門でその戦略を活用する。
いくつかの側面は、CIOのみが責任を担い、デジタル・テクノロジ領域に固有の、ナショナル化もしくはグローバル化勢力から生じる。CIOがこの責任を果たすには、先を見越して注意を払う必要がある。経営幹部は、企業のこうした問題を予測し、先導してそれらに対処することをCIOに期待する。
再グローバル化とCIO:経営幹部の一員としての責任
世界は、ナショナル化時代に突入しており、多数の国が独立性の強化を望んでいる。こうした背景から、CIOが最初に果たすべきは、経営幹部の一員として、事業拠点のある国において、レジリエンスの高い柔軟な企業組織構造の形成と調整を支援することである。
CIOは、経営幹部を導いて再グローバル化の発生頻度を見極め、適切な企業組織構造を設計できるようにする必要がある。グローバル化を実現するイネーブラーには、以下がある。これらを参照しながら、国家の公共政策の経済的優位を検討する必要がある。
財務的な統合
インフラストラクチャのレジリエンス
I&Tによる実現
法規制の整合
スキルの可用性
文化的な受容
国の安定
ここで、企業が特定の時点で特定の国に参入、または特定国で成長するために活用できる潜在的な企業組織構造として、以下の5つが挙げられる。
ローカルまたは合弁事業によるパートナーシップ:ターゲット市場/国で事業を行うためにその市場のローカル・パートナーに投資を行う (トークン投資を含む)。これはトークン投資の場合もあり、通常はローカルな規制や文化に精通しているローカル・パートナーが自律性を保持する。ローカル・パートナーは企業に代わって、ターゲット市場で製品やサービスを販売する。ターゲット国での事業運営には通常、既存のローカル・パートナーが指名されるため、企業にとってのリスクとコストを比較的低く抑えられる。例えば米国におけるOcadoは、ローカル・パートナーであるKrogerを介して事業を行っている。
ローカル化された企業組織構造:ローカル市場に適した製品やサービスを特定して販売するために雇われた、現地のリソースを使用する。企業は現地で事業を行うことから、ターゲット市場におけるローカルな自律性が生じる。さらに、企業はターゲット市場での事業拡大に伴ってオペレーションを拡張できるため、当初のコストやリスクは低く抑えられる。例えば、英国におけるMS&AD Insurance Groupの子会社であるMS Amlinは、現地の規制に準拠し、完全に独立して自律的に事業を行っている。
グローバルに中央集権化された企業組織構造:企業のグローバル・スタンダードをターゲット市場に持ち込む。一般的に、オペレーションとガバナンスはグローバルまたは中央で管理される。ターゲット市場で予定しているオペレーションの幅広さに応じて、リスクは異なる。グローバル・モデルのオペレーティング・コストは一般的に、ローカル・モデルよりも高くなるが、グローバル構造に加えてさらにローカル化の検討が必要となるハイブリッド構造やカスタム構造に比べると低くなる。例えばトヨタ自動車は、米国における自動車の製造やサービスにおいてグローバル・スタンダードを適用している。
ハイブリッドな企業組織構造:グローバルな企業組織構造に加え、必要な場合はターゲット市場でローカルな企業組織構造を採用する。したがって、両方に対応するためのコストは高くなり、リスクはターゲット市場におけるオペレーションの範囲に応じて変化する。例えば中国では、MicrosoftはグローバルなAzureクラウド・プラットフォームと、個別に単独で運用される、孤立したローカルなChina Azureクラウド・プラットフォームの両方を提供している。中国におけるMicrosoftの顧客は、上記のどちらかまたは両方のクラウド・プラットフォームを選択できる。もう1つの例として、日本国内でGartnerは、最近まで長年にわたってハイブリッドな企業組織構造で事業を行っていた。このため日本の顧客企業は、ローカル・サイトで日本語のリサーチを提供するローカル・プロダクトを購読するか、別のグローバル・サイトで英語のリサーチを幅広く提供するグローバル・プロダクトを購読するか、あるいはその両方を購読するという選択肢があった。つまりローカルの顧客は、ローカルまたはグローバルの製品/サービスの購入を選択できた。
ローカルでの最適化を伴う、グローバルに中央集権化された企業組織構造:原則的にグローバル・スタンダードを採用し、通常はフェデレーション (連邦) 型のガバナンスを実施するが、ターゲット市場では必要に応じてローカルでのカスタマイズを取り入れる。ハイブリッド構造と同様に、ローカルでの最適化に対応するためのコストは高くなり、リスクはターゲット市場におけるオペレーションの範囲に応じて変化する。例えば中国のStarbucksでは、中国国外では引き換えられないローカルなリワード・プログラムや、中国国外には配送できないローカルのデリバリ・パートナーが存在する。ハイブリッド構造との主な違いは、選択肢がないことである。例えばGartnerは現在、日本において、ローカルでの最適化を伴う、グローバルに中央集権化された企業組織構造を採用しており、すべてのリサーチ・プロダクトを単一のグローバル・サイト「gartner.com」に集約している。顧客企業はこのグローバル・サイトから契約しているプロダクトにアクセスし、英語と日本語の両方のリサーチ・プロダクトを購読できる。
特定の国で採用すべき企業組織構造は、その国の各企業組織構造のリスクの見積もりによる。また、ある国から別の国へと容易に方向転換できる能力は、多国籍企業にとって必須の能力になる。自社の企業組織構造は、こうした柔軟な動きを実現できるだろうか。他の巨大デジタル企業のように、Alibabaには既に、この種の方向転換を可能にする独自の物流部門Cainiaoがある。
しかし、経営幹部としてのCIOの責任をここで終わらせることはできない。それは、再グローバル化がビジネス・コンポーザビリティを適用するためである。グローバル化の実現要素を現在の視点と未来を見据えた視点の両方から定期的に分析して、変化を捉える必要がある。これによって企業は、グローバル市場とローカル市場の双方の変化から生じる新たなリスクに対応し、事業運営を速やかに拡大、縮小、再構築できるようになる。これは、ビジネス・コンポーザビリティのレベルが業務パフォーマンスの向上につながるという、ビジネス・コンポーザビリティに関するGartnerのリサーチノートで述べていることとも一貫している (参照)。CIOは、同じ組織の他の企業リーダーに対し、継続的なリスク・アセスメントの重要性と、企業組織構造を迅速に変更することの重要性を訴える必要がある。
再グローバル化とCIO:CIOの役割の具体的な責任
デジタルな自由市場は、現代の多国籍企業が、グローバル化された事業運営を構築してきた基盤である。デジタルな自由市場は、以下から生まれる。
グローバルに一貫性のある標準
制約のないサプライヤー/パートナーの選定
自由に動ける/自由にアクセスできる熟練労働者
内部でのスムーズなデータ・フロー
デジタル地政学は、ナショナリズムの動きと見なされている。このことは特に、CIOにとって重要である。なぜなら、デジタル地政学は、デジタル化への大志の達成方法に影響を与えるためである。デジタル地政学は、国家間で生じているデジタル領域での激しい競争を表している。これは、国家の経済、文化、安全保障に対するデジタル・テクノロジの影響力の高まりによる直接的な結果である。
各領域には、ガバナンス、企業戦略、CIOが取り組む必要のある機会の観点から見て、別個の課題がある。
政府がデジタル地政学の4つの領域で講じているアクションが頂点に達し、以下のような一連の摩擦が生まれている。こうした摩擦は、既存のデジタル自由市場の働きを制限するのみならず、世界の一部地域でデジタル自由市場を終わらせる可能性がある。
法的な複雑さが増したら、どのような地域においても、事業運営に関わるリスクの算定方法を変える必要がある (図2参照)。
世界各国の政府は、より幅広い地政学的目的も追求できるようローカルのデジタル政策を方向修正し、市民までデジタル規制の対象とする傾向が強まっている。各国政府は、グローバルに一貫性のあるテクノロジ標準のメリットを手放して、政府が指示するサプライヤーを通して実装される、政府コントロール下にある標準をますます模索するようになっている。その結果、多国籍企業は、過去四半世紀にわたって有していた事業運営能力を制限される形で、圧迫されている。
CIOはまず、事業拠点のあるすべての地理的地域で、事業運営のコンプライアンスを確保する取り組みを支援する必要がある。ローカルの事業運営のコンプライアンス確保だけでは不十分な場合、CIOは複数国家にわたる事業運営の合法性を保てるようテクノロジ・アーキテクチャを改良することが必要になる。統括するIT部門での既存のバックオフィス・システムの再構築やカスタマイズ、または、新規システムの取得によって、こうした取り組みを支援する。
合法的な事業運営を維持するためには、CIOによる、より広範な取り組みが必要になる場合もある。例えば、ドイツで従業員データの保存に関するローカルの法律を遵守するために、ドイツの人事システムとは別のインスタンスを運用する、といったことがある。コンプライアンスのための取り組みでも、テクノロジ・アーキテクチャの改良でも不十分な場合、企業はこれまで、特定市場からの撤退の決断を迫られた。しかし、もう1つ選択肢がある。それは、国家デジタル・インフラストラクチャや法的な複雑さといった、デジタル自由市場の摩擦に従えるよう、運営構造を再設計することである。
CIOは、CEO、CFO、取締役会がこの判断を下すのを待ってから、判断に合わせてITシステムを調整する必要はない。むしろ、先を見越して、デジタル・テクノロジの使用に関する最新のアイデアを活用した運営構造の修正をCEOなどに推奨することができる。
今日のCIOと、組織の戦略的な目標の結び付きは、かつてないほど強い。CIOは、新しい市場やテクノロジへの成長における、情報テクノロジの役割は極めて重要だと認識している。ここには、他の幹部リーダーと同じような視点が反映されているのであろう(図3参照)。
企業組織構造に変更が必要で、テクノロジもそれに従わなければならない場合、CIOはどのようなアプローチを取れるだろうか。グローバルからローカルへの移行では、論理的には、アプリケーション、データ、インフラストラクチャの間の分離が必要となる。これには、ローカルのITの完全な自律性も含まれる。個人情報と重大なビジネス情報のローカルでのデータ・レジデンシなど、ある程度の分離は、当該国家での事業運営における基本的なコンプライアンス要件である。
しかし、完全な分離は、ついこれを選択してしまうが、1960年代から存在するエンタプライズ・アーキテクチャと対立することになる。ここでGartnerは、エッジ・オペレーションを導入するメタトポロジを紹介したい。これは、特に高リスク市場で事業継続性を確保しながらリスクを軽減する上で役立つ (図4参照)。
エッジについては、各国における分離システムとして、そして、法規制に準拠した統一的なアプローチで接続される「デジタル的に区別できるエンドユーザー/国民」として考える。これにより、分離システムはどこに設置されていようと、アルゴリズムとリスク/プライバシー規制においてグローバルに一貫性を保つことができる。ローカルで準拠しながら、グローバルに一貫性を持ち、接続される。
このメタトポロジの中心は、「デジタルに区別された国民 (DDN: Digital Distinct National)」と呼ばれる概念にある。デバイスをエンドポイントとして構築するエッジ・コンピューティング・モデルというより、このメタトポロジは、エッジ・オペレーションの中心としての人に適用するものである。DDNは、企業の関与が必要な個人であり、以下のとおりである。
DDNを収容できるエッジ・トポロジにより、母国の法律とテクノロジの影響を受ける従業員と顧客がたとえ母国に居住していなくても、多国籍企業は両者の課題に対処できるようになる。
地政学に対してできることは何もない。しかし、絶えず進化するグローバル化リスクを封じ込める取り組みにおいて、企業の法務顧問が、主要ではないまでも、重要なビジネス・ステークホルダーであることを確認できる。IT部門は、これからますますナショナル化するデジタルの世界に早期に関与して、サービス提供で取り残されることがないようにする必要がある。テクノロジ・アーキテクチャで高度な企業コンポーザビリティを確保することで、ローカルでの運営構造の柔軟性とレジリエンスを高める。