トレンドを早期に予測してディスラプションに備えるための能力を整理する
組織がディスラプションを一度限りの例外として捉えている場合、その対応には追加コストがかかるという暗黙の了解がある。多くのCIOは、COVID-19への対応としてリモートワーク用のコンピューティングと通信機器を迅速に配備するためのコストに対して、融通や「返済免除」という措置を取った。
一方で、ディスラプションが頻繁に起こるようになれば、設備投資統括者の思いも変わる。設備投資統括者は、今後ディスラプションが発生しても、2020年のCOVID-19発生時のようには、追加的な資金やリソースを容認しないであろう。CIOとCTOは他の経営幹部と連携し、自社のオペレーション能力の一部としてディスラプションを予測して対応するための、規律ある方法を見つける必要がある。そうすることでコストとリスクが減る。さらに重要なことは、守りの姿勢から攻めの姿勢へと転じることである。つまり、ディスラプション発生前にディスラプションを特定し、これをビジネス利益のために生かせる機会を探すということである。
Gartnerの継続的フォーサイトは、トレンドを早期に認識して組織としての対応策を準備することによって、考え得る、さらに言えば、発生する可能性が非常に高いディスラプションを先行的に特定/評価するための周到なアプローチである。このアプローチには、Gartnerのトレンドスポッティング (Trendspotting) フレームワークという、トレンドを特定し、分析して、文脈を判断し、推奨事項を伝達するという構造化されたアプローチも含まれる。継続的フォーサイトとトレンドスポッティング・フレームワークが一体となって、戦略/業務運営でのプランニングやイノベーション・イニシアティブにインプットをもたらす。
多くのCIOは、先進テクノロジを調査してその使用に備えるための能力を既に組織内に保有している。この能力は出発点として利用できるが、トレンドを追跡して分析し、行動を起こすには、より構造的かつ先行的なアプローチが必要である。さらに、トレンドスポッティングの範囲は、TPESTRE、すなわちテクノロジ (Technological)/政治 (Political)/経済 (Economic)/社会・文化 (Social and Cultural)/信頼・倫理 (Trust and Ethics)/規制・法律 (Regulatory and Legal)/環境 (Environmental) という幅広い側面を網羅できるよう拡大する必要がある。GartnerはこのTPESTREをトレンドの「タペストリ (つづれ織り)」と呼んでいる。
CIOには通常、複数のトレンド・カテゴリを横断して多様な知見を収集する時間はないであろう。しかし、他の幹部と連携してそのための能力を構築することはできる。その後は、テクノロジ・トレンドが関わる活動の幹部スポンサーになれる。具体的に言えば、CIOは以下に取り組むべきである。
目的と目標:トレンドスポッティングの取り組みを後押しするビジネス上の推進要因を固める。例えば、戦略的なリスク軽減や新たな市場機会の開拓意欲がある。
範囲:トレンドスポッティングで何をするかを定義し、探るトレンドのタイプを特定する。
チーム:トレンドスポッティングを推進するチームを創設する。多くの場合、組織全体で、担当領域内のトレンド・モニタリングを担う非常勤の「トレンド発掘担当者 (スカウト)」をチームに含める。また、外部のステークホルダー (顧客、サプライヤー、学術スタッフなど) を仮想チームのメンバーとすることを検討する。
ガバナンス:このグループの直属先、多様なトレンド・カテゴリの追跡責任者、他のビジネス・グループへのトレンド関連作業の伝達方法について合意を形成する。
リソース:トレンドの情報源へのアクセス権、定義した範囲の実施に必要な資金など、適切なリソースをチームに与える。
評価指標と報告:継続的フォーサイト・アプローチの成功度の測定方法を説明する。このアプローチが戦略、オペレーション、イノベーションの取り組みに与えた影響を測るためのビジネス・インパクト評価指標を特定する。
CIOは、範囲と期待事項を明確にした憲章を作成すべきである。周到なトレンドスポッティング・プロセスを確立することは、場当たり的なアプローチによる死角やバイアスを減らす上で役立ち、ひいてはノイズからシグナルの抽出が可能になるため、自社の戦略やイノベーション・イニシアティブにとって鍵となるトレンドに注力できるようになる。
トレンドの継続的な予測/対応を主導する
CIOは今や、トレンドやディスラプションを予測して対応するための能力を確立している。次は、この継続的な予測/対応の取り組みを主導することになる。
継続的フォーサイトは、トレンドスポッティング・モデルの範囲に「トレンドへの対応」を加えて拡大したものであり、ディスラプション/トレンドを特定して対応するための4つのアクション・セットで構成されている (図2参照)。
アクション・セットについては、必ずしも順番通りに実施しなくてもよい。CIOは、トレンド/ディスラプションの検出から企業としての対応の準備まで、一連のアクションを継続的に実施しながら、幅広いツールや手法を適用すべきである。
「取得」のアクション・セットは、ビジネス環境を幅広く調査して、企業にインパクトを与える可能性がある現在と将来のトレンドを特定することから始まる。CIOは、テクノロジ・トレンドを複数のTPESTREトレンド・カテゴリにわたって精査し、複数の情報源を用いてバイアスに反論する必要がある。情報源は組織内 (経営幹部、内部の調査部門やマーケティング部門、領域専門家など) のほか、外部 (市場調査、コンサルタント、メディア、学術界、業界コンソーシアムなど) に見いだせる。1つのトレンドに関して相反する見方も集めることで、より多様な視点が生み出され、死角が排除される。
既存の (恐らくは弱い) シグナルを探索するトレンドスポッティングに加え、CIOは、まだ目には見えない、考え得るディスラプションを特定する定期的な洞察活動を支援すべきである。また、トレンドとトレンド情報源を論理的なカテゴリ (TPESTREカテゴリなど) で分類したリポジトリを維持すべきである。さらに、トレンドを発掘する作業には、トレンドの「不確実性」「タイミング」「速度」を評価する初期工程を加える。これらの要因によって、トレンドをいつ、どのように統括して対応すべきかが決まるからである。
「確実性」のレベルは、既に明らかになっている確立されたトレンドから、市場からのシグナルが非常に弱く不確実性が高い探索的なトレンドまで、さまざまである。トレンドのシグナルがまだ目に見えない場合は、アイデアを思い巡らすこともできる。
「タイミング」と「速度」は、いつトレンドに意識を向け、行動すべきかを示唆する。長期的なトレンドは不確実性が高くなりがちであるため「不確実性」と「タイミング」は相関していることが多いが、常にそうだとは限らない。例えば、「化石燃料から代替エネルギー源への転換」という環境トレンドは、確実性が高い確立されたトレンドだが、測定の時間軸は数十年と長い。対して、2022年のインフレ上昇は、不確実性が極めて高い経済情勢において突如として発生した。確実性は「トレンドにどうアプローチするか」の指針となり、タイミングと速度は「いつ対応するか」の指針となる。
「統括」のアクション・セットでは、企業、業界、市場という文脈の中でトレンドと潜在的なディスラプションを分析し、探っていく。その目的は、複数のトレンドとディスラプションをふるいにかけ、組織に最大のインパクトを与える可能性が高いより小さなセットへと絞り込むことである。また、ディスラプションは往々にして複数の要因が組み合わされて発生するため、複数のトレンドが形成する複合的なインパクトを考慮することが鍵となる。例えば、最近のハイブリッド/リモートワークへのシフトは、明らかにCOVID-19のパンデミックが引き金である。しかし、このシフトは、パンデミック関連のロックダウン (規制/法的トレンド) によって大幅に早まり、一方で、ネットワーク接続と仮想コラボレーション・ツールの進歩 (技術的トレンド) がなければ不可能であった。
複合的なインパクトは非常に重要であるため、CIOは、トレンドの発掘担当者と専門家を定期的に集め、情報を統括すべきである。図3には、CIOが考慮すべき次の要因を示している。
不確実性のレベル
トレンドのタイミングと速度
業界の文脈
企業の文脈
ディスラプションの潜在的可能性
「主張」のアクション・セットでは、組織全体で、トレンドに関する知見を共有して潜在的なインパクトと対応策を探るほか、コミュニケーション・ツール (例:トレンド・カード、レーダーなどの可視化ツール) も作成する。
ここでは、幹部チームにテクノロジの専門知識をもたらし、考え得る計画 (テクノロジ・イニシアティブを含む) に対して他の幹部から賛同や意見・情報を得るために、CIOは、多くの場合より積極的かつ個人的な役割を果たすことになる。
「主張」は一方的なコミュニケーションではなく、むしろ、秩序立った方法でトレンドや考え得るディスラプションを共同で探ることである。この探索では、トレンドやディスラプションへの考え得る対応策、その対応策のリスクおよび対策を講じなかった場合のリスク、そして前進するための計画案を明らかにする必要がある。
実際にどの方法を選ぶかは、不確実性のレベルで決まる。確立されたトレンドであれば、ベスト・プラクティスと言える対応策が既にあり、問題は対応のタイミングになるかもしれない。不確実性の高いトレンドであれば、デザイン・シンキング、アイデア創出/イノベーション、シナリオ・プランニング、ビジョニングなど、より探索的なアプローチが必要になるかもしれない (図4参照)。
CIOは、例えば、将来の「ある1日」というナラティブ (物語) や、モックアップ/プロトタイプを通じて、考え得る未来のストーリーを伝えるべきである。組織が新しいアイデアを試し、惰性的な現状を抜け出し、障壁となる不信を克服する上で、ストーリーテリングは威力を発揮する。また、もっともらしい未来を思い浮かべつつ、まだ実現されていない、あるいは想像すらされていない壁や機会に取り組む上でも、ストーリーは役立つ。
「準備」のアクション・セットは、知見と考え得る対応策をアクションと意思決定に変えるものである。ここで言う意思決定とは、トレンドを機にアクションを起こす領域とそのタイミングに関する決定である。継続的フォーサイトのこの段階では、IT部門外の幅広いリーダーを巻き込み、トレンドスポッティング作業と現在のビジネス活動を連結して将来のビジネス戦略とすることが極めて重要である。これにより、次の成果を得られる可能性がある。
トレンドの分析から描かれる、考え得る未来に基づいたビジネス戦略の更新。
イノベーションを通じてディスラプションを生かすための戦略的な行動計画。この計画のインパクトについては、モニタリングと測定が必要である。
現在の業務システム/プロセスを変更、近代化、あるいは拡大するための戦術的な行動計画。
発展途上のトレンドをきっかけとするイノベーション案。
トレンドやディスラプションの潜在的なインパクト、タイミング、不確実性に応じて、アクションに関する意思決定の複雑さは変わる。いくつかの確立したトレンドがあって、インパクトをもたらすまでの時間が短い場合、ここから直接導かれるのはオペレーションに関わる意思決定とアクションになる可能性がある。例えば、今まさにハイブリッド・ワークへのシフトが起こっているが、CIOにとって、「こうしたシフトをツール、プラットフォーム、接続性によってサポートする」という意思決定は、比較的単純に下せるであろう。ただし、現場における実装や、組織へのより幅広いインパクトは、より複雑な意思決定になり得る。
「進化」するトレンドと「新興」のトレンドのほか、時間軸がより長い「確立」されたトレンドは通常、より戦略的な意思決定を下す引き金となり、オペレーティング・モデルに派生的インパクトをもたらす。確実性が比較的高いトレンドは、従来の「選択に基づく戦略」作業の、ビジネス上の文脈を形成する。一方で、不確実性が比較的高いトレンドは、適応型戦略プロセスの前提になる可能性がある。
主要なトレンドの例
CIOは未来を予測できない。しかし、トレンドを察知して、それに対応するための周到なアプローチを採用することはできる。また、組織や社会全体への潜在的インパクトがあると広く認識されているトレンドのリポジトリを維持することもできる。
戦略的プランニングを目的とした、Gartnerの「トレンド・タペストリ」は、このリポジトリの一要素になり得るトレンド・カード集を提供する。トレンド・カード集では、図5に示すように、7つのTPESTREカテゴリにわたる34のトレンドと潜在的ディスラプションを特定している。
このリストは、特定の時点の視点であり、あくまで出発点であることに留意されたい。今日の経済情勢における主要トレンドとしてこれに含めるに値するのは、恒常的な高インフレである。また、ロシアのウクライナ侵攻による世界的な政治的緊張の高まりや、中国本土と台湾の間の緊張の高まりもある。継続的フォーサイトというアプローチの真価は、複数のトレンドの複合的なインパクトを探り、組織全体のさまざまなレベルにおける潜在的なインパクトを評価するところから生まれる。
例えば、地政学的な緊張は明らかに政治的なトレンドである。しかし、このトレンドはより厳格な、地域/国家的なデータ主権体制へと向かって進行している規制・法律トレンドとも結び付いている。さらに、この規制・法律トレンドは、デジタル社会でのデータ・プライバシーの信頼・倫理トレンドにも関連している。これらのトレンドが一体となって、企業の世界規模でのテクノロジ/データ活用能力を妨げ、ひいては、グローバルな標準化というテクノロジ・トレンドの終焉につながる。企業は、このような組み合わせ型の潜在的ディスラプションのインパクトを戦略的プランニングにおいて考慮し、さまざまなシナリオと、自社のオペレーティング・モデルへの影響を特定すべきである。しかし、この潜在的ディスラプションは、「グローバルに標準化されたクラウド・ソリューションの使用」を選択不能にする可能性があり、CIOは責任という面でより直接的なインパクトを受ける。
別の例として、化石燃料から代替エネルギー源へのエネルギー転換 (カーボン・フリップ) という広く認識された環境トレンドがある。このトレンドの方向性は確かだが、欧州における現在のガス供給危機 (政治的ディスラプション) から明らかなように、タイミングは非常に不確実であり、他のトレンドに大きく左右される。カーボン・フリップは、他のサステナビリティ関連の取り組みと同様に、消費者需要 (社会的トレンド) に大きく影響を受け、例えば、サプライチェーンの透明性向上の必要性を高めている。さらに、これに取り組むにはデータとアナリティクスが必要となり、新興の先進テクノロジも必要になる可能性がある。これらの要因のすべては、CIOのIT投資計画やテクノロジ・トレンドへの対応に影響を与える。
例えば、米国のある伝統的なメディア企業は、ソーシャル・メディア・プラットフォームを通じて、メディアのデジタル化と、仮想現実/拡張現実 (VR/AR) などのイマーシブ・テクノロジの出現をはじめとするテクノロジ・トレンドを追跡していた。同社は、デジタル・メディアが自社の収入源を脅かすことを予見できたため、イノベーション・ラボを創設し、ARで自社コンテンツを近代化する方法を探った。そして、ARを動画コンテンツの生成に適用し、AIを使って洞察力のあるアナリティクスを生成した。これは、この動画コンテンツと顧客のやりとりを把握する上で役立った。これらの取り組みによって、何が十分に機能し、どこにデジタル・メディアのさらなる機会があり、どの領域でビデオ・コンテンツの改善や変更が必要かを特定できた。